最高の称号
毎朝5時半に目覚まし代わりの携帯のバイブが俺を起こす。
嫁ちゃんやヒヨコちゃん(仮名 小1)を起こさないようにそっとニイニイ(仮名 小5)をゆすり起こす。
外はまだ暗い。
夏はあんなに明るく気持ちよかったのに、たった数か月で季節は一気に進んでいく。
俺とニイニイはもう三年近くこんな風に毎朝起きている。
サッカーの朝練をするためだ。
二人で眠い目をこすりながら、6時半まで約45分、近くの公園で、ボールタッチ、パス、ドリブル、リフティングの練習を繰り返す。
時には、試合で見つけたニイニイの弱点を補強するための練習もする。
ニイニイは友達の誘いで3歳から幼児対象のサッカースクールに通いはじめ、小学校に上がるころに、個人技に特化したサッカースクールに移籍して、スポーツ少年団のチームと並行してサッカーをやっていた。
3年生になるころに、チームの練習時間が増えたため、スクールは辞めて、チーム一本に絞ったが、なにせ体が小さいニイニイはなかなか結果が出せず、技術はあるが先発メンバーから外れることも多かった。
本人はなんとかしたい、と思ったらしい。そして二人で話し合った結果、じゃあ、朝練をやろうということになった。
俺は、サッカーは好きだが、経験はないし、ましてや指導などできるはずもない。そこで、ニイニイが通っていたサッカースクールが出している、テクニック本とDVDを一緒に見て、この本一冊を徹底的に叩き込むことにした。
そしてもう一つはリフティング。
リフティングはあまりサッカーの役に立たないという人もいるが、俺の目的はちがった。
会社でサッカー経験のあるK君がある日、「リフティングはコツなんかないです。努力でなんぼでもできますよ」と言っていた。
そう、ポイントは努力だ。
とにかく、努力した結果を誰かに認めてもらうことで、努力は大事なんだということを体感してもらおうと思ったのだ。
ニイニイのチームでは、年に一度、親子サッカー大会が開催される。
その時に、親子でサッカー対決をしたり、サッカーのテクニックを競う競技会が各学年ごとに行われるのだが、リフティングについては、学年表彰以外に、全学年上位3名までが表彰される。
狙うのはそこだ。
練習のおかげで、学年別表彰では毎年表彰されているが、全学年表彰に名を連ねたことはない。当たり前だ。全学年表彰では、6年生が占めてしまうのだから。
そして、11月某日日曜日
今年も親子サッカー大会が開催された。
競技会ではスラロームドリブル、スローイン、キックターゲットなどが行われた。
これにリフティングの記録が加わり、学年順位が確定する。
リフティングについてだけは、さっきも書いたように単独種目として3位までの表彰がある。
リフティング競技会のルールは簡単。
10分間で何回リフティングができるか。制限時間内なら、何度やり直してもオッケー。リフティングを続けている途中で時間になった場合は、落とすまで続けてオッケーというルールだ。
そしていよいよ、リフティング記録会が始まった。
ニイニイが丁寧にボールを蹴り上げるの数えていく。
最初は200回で失敗。大丈夫だ、落ち着いて、時間はある。
次に531回で失敗。
実は、ニイニイにとってはすでに記録更新だった。今まで最高で447回。
記録更新しただけでも、充分だ。
でも、まだ時間がある。
ニイニイは首筋に汗を流しながら、言った。ちょっと疲れた。。
大丈夫だ。少し休んで、時間ギリギリから始めよう。
ニイニイはボールの上に座って、じっと宙を見つめて集中している。
2分ほどしてから、立ち上がり、
パパ、さっき何回だった?
531回
じゃあ、その回数になるまで、声かけないで。
いいよ。
自己記録を更新したことなどに興味はないようだった。
再びリフティングを始めるニイニイ。
300回を超えたあたりでバランスを崩すが、大きくボールを蹴り上げて、
落ち着いてトラップし、また安定したリフティングを続ける。
時間を告げるホイッスルがなる。
続いてる人はそのまま続けてください!
コーチの声が響く。
失敗した選手が次々にはけていく。
ニイニイのリフティングは終わらない。
ついにグラウンドの真ん中には、ニイニイと俺だけになる。
さっきの531回になったが、俺は声をかけなかった。
集中を切らせたくない。
全学年の選手約80人と全コーチがニイニイに視線を送っている。
600回を超えた。
ここだなと思い、いいよと声をかけると。
ニイニイは小さな声で、まだだ。と呟いた。
集中している。
ボールの安定した軌道から集中しているのがよくわかる。
ついに800回を超えた。
しばらくすると、
ボールの軌道が乱れ始める。
疲れてきたのだ。
そして、ついにボールがニイニイの足元を離れ、
俺の方に転がってきた。
何回?
汗だくで俺に聞いてきた。
826回だよ。よく頑張ったよ。
最高記録だけど、1000行きたかった。
司会担当のコーチがワイヤレスマイクを持って走ってきた
おい!ニイニイ、何回できた?
ぶっきらぼうに、826回です。
マイクを通した声がグランドに響くと、
おお!という歓声とともに拍手が起こった。
ニイニイ君は、周りをきょろきょろした。
自分がみんなの注目を浴びていたことも気が付かなかったみたいだ。
リフティング記録会が終わったあとは、みんなでおにぎりと豚汁を食べ、
午後からは親子でサッカー対決をして、楽しいサッカー漬けの一日だった。
閉会式で表彰式が行われる。
学年別の総合競技会ではニイニイは5年生の部で2位。
そして、リフティング記録会では、1位と2位が6年生の中に食い込み3位で表彰された。今まで、6年生で上位を占めていたところに5年生が入ったのは初めてらしい。
しかも、2位との差は僅か13回だった。
閉会式が終わって、各学年に分かれて、学年コーチから表彰された一人一人にみんなの前で言葉がかけられる。
コーチはニイニイにこんな言葉をかけてくれた。
ニイニイ君は、間違いなくこのチームで一番のサッカー小僧です。
この結果を見れば、こいつは人知れず、ずっと努力をしてるのが、コーチにはわかります。
一番のサッカー小僧。
どんな賞状やメダルよりも、サッカー少年にとってこんな最高の称号はないだろう。
そしてこれは、毎朝早起きして練習をし続けてきた成果なのだ。
時には、俺に叱り飛ばされて、泣きながら練習することもあったし、もう辞めたいと言ったこともあった。
それでも、やると二人で決めた以上はどんなことがあっても続けさせようと思った。
俺自身の人生が、努力とは無縁で、妥協だらけだった。
努力がいかに大事なのかに気が付いたのは、大人になってからだ。
そして、妥協だらけの薄っぺらな人生を、今になって後悔している。
だから、せめて、自分の子どもには、子どものうちに努力がいかに大事かを知ってもらいたかったのだ。
家に帰る途中、ニイニイは俺に言ってきた。
パパ、今日、焼肉連れてって!
ふっふっふ!お前が絶対に入賞すると信じて、
先週のうちに予約してあるわい!
特上カルビでもなんでも、好きなだけ食えよ!
さんきゅう~
ヒヨコもね~
ママもね~
。。。。。懐には響くが、まあいいだろう。。。。。